「梅はその日の難逃れ」「梅は三毒を絶つ」。このような言い伝えにあるように、梅は古くから健康を守る効能があるとして日本人に親しまれてきました。
中国最古の薬物書とされる「神農本草経」(漢時代、著者不明)に、梅(梅実、烏梅、白梅)の記載があり、中品、すなわち養性薬(体力を養う目的のもの)に位置付けられています。当時から、健康食品として使われていたことが伺われます。
そんな梅の健康効果を科学的に紐解く、数々の研究情報をご紹介します。
食欲がない時に、梅干しを食べるとよい、と言われているのは、梅に消化を助ける働きがあるからだと考えられます。たとえば、多くの人で経験があるように、口の中が梅干しで刺激されると、唾液の分泌が促進されます。梅干しを口にすることによって、だ液の分泌は2~3倍に増えます(1)。唾液にはアミラーゼという炭水化物(糖質)を分解する消化酵素が含まれています。動物を使った研究では、梅抽出物を投与されたラットで、胃の消化活性が上がった(2)、梅果実抽出物を配合した試料を投与されたニワトリで、炭水化物(糖質)分解酵素である膵臓α-アミラーゼや、タンパク質分解酵素であるトリプシンの比活性が高かった(3)、などの報告があり、梅には消化酵素の量を増やしたり活性化させたりする働きがあると考えられます。
一方で、便秘モデルラットに梅果実を与えると、消化管の運動性の活性化が観察され、糞便頻度の増加も見られたことから、梅には消化管の動きそのものを活発にする働きもあることが推察されます(4)。
腸内細菌叢について見ると、梅酢由来のポリフェノールを与えられたマウスにおいて、硫化水素、アンモニア、インドール、吉草酸などの腐敗臭を生産するとされるClostridium indolis、Oscillospira sp.、Anaerotruncus sp.の減少が観察されたり(5)、高脂肪食によって、腸内に善玉菌であるビフィズス菌がほとんどいなくなってしまったマウスに、梅のポリフェノールを与えるとビフィズス菌の回復が見られた(6)、など、梅のポリフェノールが悪玉菌を抑え、善玉菌を増やす可能性を示すデータが見つかりました。ヒトにおいては、梅酒の継続摂取(2週間)により、Bifidobacterium、B.fragilis group、Bacteroidaceaeが増加、Clostridium perfringens、Staphylococcus、Bacillusが減少するなどの腸内細菌叢の変化があったことが報告されています(7)。
さらに、梅が消化器の健康を守るのに役立っているという可能性を示す研究もあります。ラットの胃にアルコールを注入すると、胃粘膜の損傷が起こるのですが、この処置を行う前、あるいは後に梅肉エキスを投与されたラットでは、胃粘膜の損傷が軽度に抑えられたという現象が確認されました(8)。ヒトに関する調査研究では、梅の摂取量が多い人達(1日3個以上)では、胃炎の所見が少なかったこと(9)や、1日1個以上の梅を摂っている人では、胃の運動障害に関する自覚症状が少なかったということ(10)が報告されています。
また、実験的に腸に炎症を起こさせたマウスに梅の抽出物を与えると、炎症を促進させる炎症性サイトカイン(cox-2、IL-4)の抑制が観察されたことから、梅により腸の炎症が抑えられる可能性があると考えられます(11)。
梅の抽出物や梅肉エキスには、ヘリコバクターピロリや(12,13)、病原性大腸菌(O-157)(14)、腸炎ビブリオ(15)の増殖や活動を抑制することが知られており、このことも胃腸の健康を保つのに一役買っているかもしれません。
「梅は三毒を絶つ」。この三毒のひとつに「血毒」があります。血毒とは汚れた血あるいは血の滞りを指し(※諸説あり)、古くより梅が血の健康を保つのに役立つと考えられていたことが伺われます。
血の健康をはかる代表的な指標として、血糖値、中性脂肪値、LDL-コレステロール値が挙げられます。血糖値や血中の中性脂肪やLDL-コレステロールの高い状態が続くと、生活習慣病のリスクが高まりますので、注意が必要です。
梅の抽出物には、いくつかの炭水化物消化酵素の活性を抑える作用があることが知られており、ラットを使った実験で、食後の血糖上昇を穏やかにすることが確認されています(1,2)。長期的な作用については、糖尿病モデルラットを使用した実験で、梅肉エキスの投与により、血糖値および血中中性脂肪が低下することが示されました(3)。
血中脂質に関する研究では、ハムスターを使った実験で、梅酢抽出物の投与が、高脂肪高コレステロール食による血中および肝臓中のコレステロールの上昇を抑制したという報告が(4)、ヒトでの研究で、梅酒の継続摂取により総コレステロール及びLDL-コレステロール値が低下したという報告があります(5)。
さらに、血液に現れる健康指標として、尿酸値が挙げられます。尿酸値が高い状態が長く続くと、尿酸が結晶化して関節やその周辺に沈着し、強い炎症作用によって激しい痛みを引き起こします。
梅に豊富に含まれるクエン酸は、尿をアルカリ性に保つ働きがあるため、体内の尿酸を排出するのに役立ちます(6)。動物実験では、梅由来成分を与えられたマウスの尿酸値が低下したという報告があります(7)。
また、血の健康を語る上で重要な要素のひとつに、血液の流動性が挙げられます。血液の流動性が悪いと、毛細血管を血液がスムーズに流れることができないため、血行不良や詰まりが起こりやすくなります。
1999年に、血液に梅肉エキスを添加すると、血液の流動性が上がることが見いだされ、この研究により、梅肉エキス特有の成分「ムメフラール」が発見されました(8)。実際にヒトにおいても、継続的に梅肉エキス(9,10)や梅酢(11)を摂取することで、血液の流動性が上がったことが報告されています。
一方、梅が血圧を正常に保つのに役立つ可能性を示す研究データもあります。血圧上昇を司るシステムのひとつに、レニン・アンジオテンシン系という血管を収縮させたり、血管壁を肥大させたりする系があります。肥満や塩分の摂りすぎが続くと、このシステムが必要以上に活発になってしまうことが知られています。梅にはこのシステムに関与するホルモンのひとつであるアンジオテンシンIIを抑える働きがあることが示されました(12,13)。ヒトでの研究では、一年間の継続的な梅酒の摂取(100ml/日)により、収縮期血圧及び平均血圧が有意に低下したという報告があります(14)。
体に取り込まれた酸素のうち、数%が活性酸素に変化します。活性酸素は免疫機構の一部として体を守るのに役立っていますが、増えすぎてしまうと、細胞を構成しているタンパク質、脂質、遺伝子などを変質させてしまいます。近年では、この活性酸素による組織の損傷が生活習慣病をはじめとする様々な疾患を発生・促進させると言われています(1,2)。
本来、体にはこの活性酸素を除去する機構、いわゆる抗酸化力が備わっているのですが、この抗酸化力は加齢と共に低下するため、加齢に従って組織の酸化ストレスが増大していきます。この活性酸素による傷害の蓄積が、加齢に伴う老化現象の原因であるとする説もあります(2)。
梅は、果実類の中では、圧倒的に高い抗酸化力を持つベリー類には及ばないものの、ブドウを超える抗酸化力があることが示されています(3)。また、薬用植物(冬虫夏草、ビャクゴウ、オウギ、サンザシ、シロキクラゲ、キンカン、オウゴン)の抗酸化力を調べた研究では、梅の抗酸化力が最も高かったと報告されています(4,5)
梅の抗酸化力は、そのポリフェノール量と高い相関があることから、ポリフェノールが作用の主体を担っていると考えられています(6)。一方で、ポリフェノールをほとんど含まないとされる梅肉エキスでも高い抗酸化力が確認されていることから(7)、ポリフェノール以外にも抗酸化力を有する成分があるものと考えられます。
また、梅の抽出物に、肉の酸化や変色、悪臭の発生(8,9)を抑える働きがあることがわかっており、天然の食品保存剤への応用も期待されています。
梅は有機酸を豊富に含み、その大半をクエン酸が占めています。クエン酸には、ヒトにおいて、日常生活における疲労感(1)や、軽い運動による一時的な疲労感を軽減する効果(2)が報告されています。
一方で、クエン酸と同時に梅ポリフェノールを与えられたマウスは、クエン酸だけを与えられたマウスより長い時間泳ぎ続けることができたという報告もあり(3)、クエン酸だけではなく、梅ならではの抗疲労効果があることが期待されます。
また、梅干し成分を含む水を与えられたマウスは、暑熱環境に置かれ、疲労困憊になった後の疲労からの回復が早かった、という現象も確認されており、夏バテのような暑さに因る疲労に対しても梅が有効である可能性が示されています(4)。
骨を丈夫にするためには、十分なカルシウムを摂取することが不可欠です。しかし、カルシウムは非常に吸収効率が悪いのが難点です。このカルシウムの吸収性を高める成分のひとつに、梅にも豊富に含まれるクエン酸が挙げられます。カルシウムがクエン酸と結びつくことで溶けやすくなり(キレート効果)、腸からの吸収性が高まることが、動物実験や(1)、ヒト健常者を対象とした研究(2,3)で確認されています。
また、細胞を使った実験では、梅から抽出した成分に、骨細胞の前身である骨芽細胞や前骨芽細胞の増殖と分化を促進したり(4,5)、骨を破壊する細胞(破骨細胞)の活性化を阻害したり(6)する効果があることが報告されています。
平成30年の厚生労働省「労働安全衛生調査(実態調査)」によると、現在の仕事や職業生活に関することで強いストレスとなっていると感じる事柄がある労働者の割合は58.0%。過半数の労働者が仕事で強いストレスを感じていることが明らかとなりました(1)。
ストレスというのは、仕事の忙しさ、人間関係、暑さや寒さ、騒音など様々な「ストレッサー(ストレスを引き起こす原因)」によって「心身に負担がかかった状態」を意味します。ストレッサーによって、イライラ、抑うつ、胃痛、下痢、暴飲暴食など、心理面、身体面、行動面に様々なストレス反応が起こります。ストレス反応は、ストレス刺激に対する防御反応として必要不可欠なものですが、ストレス刺激が過剰であったり、ストレス状態が長く続いたりすると、心身に疾患が生じるリスクが高まります(2)。
更年期モデルラットに、エーテルによるストレス刺激を与えると、ストレスホルモンのひとつであるACTHが増え、ストレス抑制作用のあるカテコールアミンの量が低下します。これは、よく知られたストレス反応です。ところが、梅から抽出したクロロゲン酸を事前に与えられたラットでは、このACTHがほとんど増えておらず、カテコールアミン量が大幅に増えていました。このことから、梅にはストレスを和らげる働きがあることが期待されます(3)。
「夏はお弁当が傷みやすいから、おかずやご飯に梅干しを入れましょう。」このように、梅干しが抗菌作用を持つことが、生活の知恵としてよく知られています。これは言い換えると、梅干しに細菌の増殖を抑える働きがある、ということですが、実際にそのような効果があるのか、簡単な実験をしてみました。
代表的な食中毒菌のひとつの黄色ブドウ球菌と栄養分(培地)が入った試験管の片方にだけ梅干しを入れ、37℃で一晩放置しました。すると、梅干しが入っていない試験管では菌が増えて濁っていたのに対し、梅干しを入れた試験管では、透明に近い状態を保っていたのです。これはつまり、梅干しが黄色ブドウ球菌の増殖を抑制した、という事を表しています。
試験管レベルでの実験ですが、梅肉エキスや、梅由来の抽出エキスについて、サルモネラ・エンテリカ、リステリア・モノサイトゲネス、黄色ブドウ球菌、セレウス菌、大腸菌(1)、ヘルペスウィルス(2)、歯周病菌や、う蝕原性細菌(いわゆる虫歯菌)などの口腔細菌(3)、A型インフルエンザウイルス(4)、ヘリコバクターピロリ(5)など、様々な細菌・ウィルスの増殖を抑える作用が報告されています。
このような梅の抗菌作用は、主にクエン酸などの有機酸の働きによるものだと言われてきました(6)。しかし、単離した有機酸以外の成分でも抗菌作用を示した例もあり(1)、抗菌作用が有機酸によるものだけではない可能性が明らかになりつつあります。